ずっと青果の業界に携わってきたのですか?
学生時代に小樽の青果市場でアルバイトしていたり、たまたま知り合いが青果業界で働いていたり、それがきっかけで24歳で石田商店へ入社し、今年で入社して35年位になるかと思います。
現在は担当の商品はありません。
長いこと洋菜関係を担当していましたが、その後は野菜全般を見るようになって、もうかれこれ15年たちます。
競りに参加するようになったのは私が競り免許を貰ってからすぐです。
元々先輩社員の下について、初めにりんご、その後ピーマン、きゅうりなどを担当しました。
当時石田商店では洋菜、レタス・セロリなどは取り扱っていなかったのですが、その後競り免許をもらってすぐに、当時の上司だった常務に「明日から買ってこい、洋菜関係をすべて買え!」と言われ担当することになりました。
乱暴な言い方に聞こえるかもしれませんが、責任を与えられ、私は競りが面白くなってやる気になりましたね、いい経験といえば聞こえはいいのですが、結局買ったものは自分で売らなければならないので、当時はとても苦労しましたよ。
昔ながらの体験談だと思うのですが、今の若い社員に話すこともありますが、振り返ればいい時代だったと思います。
しっかり目利きとしての経験を積まないと厳しいこの時代戦っていけないですし、今の若い子に同じ事をやれるようになるまではかなり時間が掛かると思うので、しっかり育てていきたいと思います。
競りの仕事における醍醐味を教えて下さい
どの仕事も同じだと思いますが、競りの場合は特に1日として同じ相場の日がありません。
株式などと同じで、読みが当たればやめられない、はまってしまったというところがあると思います。
常に気象条件で、入荷状況が変わりますし、日々販売する数量・条件が変わります。
当然お客様の注文があって、それに対する入荷量も変わってきますので同じ日が1日もないんです。
数字もしっかり頭に入れていますが、経験から買う事のほうが多く、数字やデータは会社の管理している数字とは別に独自のものを用意しています。
自分でやっていても「意味があるのか?」と自問していたりする事もあります。
結局この競りの仕事は全て分からないから面白いという所に尽きると思います。
昔と違って今は、競売というよりそれ以外で動く、売買がほとんどです。
昔は7割を競売にしなければいけないというルールが市場に有りましたが、現在はなくなってしまいました。
競売にかける数が1/10でもいいということで、100tのうち10tだけ競売に出しあとの90tは話し合いで決めるというやり方が全国でも主流になりつつあります。
卸会社の競人と、仲卸会社の買人とで数量と価格を決める予約相対取引が主力で、全量競売とか8割方競売していて、 全盛期は競り時間が午前6時半から始まっても午前10時頃までかかったりしていましたが、
小売店が減り、量販店への販売が多くなり、今では午前8時には終了します。
長期契約と言って農協との年間ケース単位で契約で取引を行うこともあり、それがその年で安いものになるか高いものになるかはわかりません。
今後について教えて下さい
昔は売上もそこそこありましたが、現在は当時の半分以下ですね、売り上げを以前のレベルに戻したいという思いはあります。
何をしなければならない、ということまでは考えられていないのですが、今以上に全国に仕入れ先を増やし魅力有る商品を仕入れ、以前のような力をもっと会社に付けたいと考えています。
もっと取扱品目を増やし、それを強みとして販売できるようになりたいと考えています。
この会社の社員は勤続年数が長いんです。向き不向きはあると思いますが、相場感というものがあり、それは教えて身につくものではありません。
センスや感覚になってきますが、商売においてそれなりに努力も必要だと思います。
ひらめきも大切ですが、努力した人間にはかないません。
更に50年100年続く会社になってもらいたいので、私の経験した競り人としての考え方、日々の努力、仕事の醍醐味と楽しさと責任感を若い人間へ伝え、少しでも会社が成長出来るよう尽力したいと考えています。